2010-04-01から1ヶ月間の記事一覧

卯月晦日・二〇一〇 #544

母子を訪うのは月に一度の務めである。それは新月の頃、禁足とされる杜深くに立ち入る人影。いかに奇跡のような機巧と云えど、否それ故に傀儡師の手は要するのだ。彼女の云った「しばらく」が、人界の尺度で発せられたものかは些か疑問ではあったが、その夜…

卯月晦日・二〇一〇 #543

いつの頃からだろう、見えるようになったものがある。初めは壁にあったから、そんなものだろうと思っていた。ただの罅割れだろうと。 #twnovel 今となっては世界中、どこを見てもそればかり。誰も気付いていないのだろうか。最近時折、向こう側に何か光が見…

卯月廿八日・二〇一〇 #542

同刻。不明な差出人。タイトルなし。「%%京の件は不幸な事故だ。本来もっと影響の少ない\°\ころで行う実験の筈%\&ったのに、あのような形でWedge因子が&$%=動するなど予想外のイレギュラーだ%$だが、計画そのも$$%^/倒しに承認されるだろう。そこで$%&」 実…

卯月廿八日・二〇一〇 #541

これをあなたが読んで居ると云うことは、少なくともその時点で僕はまだ何処かに実在していると云うことになる。心して欲しい、"あちら側"の存在に。もうあまり時間がない。数度の発作で解ったことがいくつかあるが、それを記すには危険過ぎる。ヒントだけは…

卯月廿七日・二〇一〇 #540

勝手口の外が虚無だったのか、虚無の中にこの部屋があったのかは、今となってはどうでもいいことだ。ずっと遠くに小さな灯りが見えることもある。ひょっとしたら、次に戸を開けたらどこか見知らぬ土地と云うことだってあるだろう。肉じゃがはまだ煮えない。 …

卯月廿六日・二〇一〇 #539

海砂の市城と名高い街だった。今はもう、ない。海より渡る風に砂塵が舞う、埋もれた廃都。人々の記憶からさえ消えて久しいそこを、訪れるものとて最早居らぬ。尖塔の聖印も、それが元を同じうするとすら誰も知らぬ。静かに朽ちゆく廃墟を通りゆく一行を、た…

卯月廿五日・二〇一〇 #538

尖塔が見えてくる。船はいつもその辺りで大きく右手に舵を取る。今日こそは。初めて目が合ったのは収穫祭の頃のことだった。尖塔の窓、格子の向こうにほんの刹那。それで、充分だった。狙い定めて、文を結びつけた薔薇一輪、空に弧を描く。その赤に何故か確…

卯月廿二日・二〇一〇 #537

こんなに、鳴り響いてるのに。その音できみを起こしてはしまわないかと、微睡みながら鼓動を聞いている。繋いだままでいる掌から伝わって、目覚めさせてしまわないかなんて考えて解こうとしたら握り返されて、さらにビートは加速していく。夜明け前、耳を澄…

卯月廿一日・二〇一〇 #536

「相転移カスケーディング制御により動力供給と目的である空間連結がシームレスに実現される。目的座標の設定はドアノブのセンサからの接触通信で思念波パターンを走査し、四次元サーバ上のデータと照合の上情報化エネルギー通信により供給と設定を同時に行…

卯月十九日・二〇一〇 #535

どうしよう、このチケット。なんか胸騒ぎがする。ポストの底にひっそりあった封筒、まるでお月様みたいなそれは、裏返すと小さく「月世界倶楽部」って書いてあって、やっぱり、お月様みたいな便箋が入ってた。メモみたいに日付と場所だけ書いてあって、一緒…

卯月十九日・二〇一〇 #534

クリーム色の封筒の片隅には「月世界倶楽部」の文字。くすんだ銀の箔押しでクレーターが象ってある。便箋にも同じクレーター、記された文字は言葉少なに某月某日午前二時、中央公園、とだけ。そして、半分に引き裂かれたチケットらしき紙片が二枚。どうしろ…

卯月十八日・二〇一〇 #533

DNA解読の副産物として齎されたそれは、当初こそ倫理的な問題を口にされたものの、ほんの数年で人口に膾炙する技術となっていた。それは組織再生だけではない。封鎖領域の情報を起動させ組み込み、種の常態には有り得ない器官を「新生」する──ファッションと…

卯月十五日・二〇一〇 #532

「またその本? 飽きないわね」ぼくが抱える古びた一冊を見て母さんはそう云う。納屋で見つけ、ずっと小さな時から捲り続けてきた頁はもう、何処に何が書いてあるかなんてとうに覚えてる。大小二頭の竜の、市章そっくりの紋を箔押しされたそれは、この街の歴…

卯月十四日・二〇一〇 #531

「夕日が落ちる。まだ当分帰れそうにない。ここは寒いし、住むだけでも一苦労だ。仲間はいる。この出鱈目な場所で生き抜くには仲間は不可欠だ。帰れるのはまだしばらく先のこと。同じ太陽の下、空は違っても夕焼けのオレンジは同じだよ」送信、届くのは約五…

卯月十四日・二〇一〇 #530

砂鉄の影響か、電子機器が使えぬ。昔ながらの手作業と、黒煙を吐く鋼鉄の重機。槌音と発動機のハーモニー、飛び散る汗は赤熱の鉄塊にもうもうと。「ッセー!」また一本、朱色の柱が屹立する。割れんばかりの歓声、雄叫び。異星の渓谷に建立される伽藍、星の…

卯月十四日・二〇一〇 #529

「らしくねーpostだなー、とか思ってたんですよ」「いつものテンションじゃないし」「え、女だったの?」「そう云えばプライベートネタってなかったよね」「まあ女って知れたら色々アレだもんなあ」「お前が云うかソレ」──『友達できたなう』それが、最後の─…

卯月十二日・二〇一〇 #528

同窓会にも似た旧知の集会はその数五次会にまで及ぶこととなった。前半戦で一滴の酒精も摂取できなかった反動か、三次会四次会と立ち呑みをハシゴし、挙句ダーツに興じる始末となったのはまあ不可抗力と云い切ったところで何処から苦情の来ると云うものでも…

卯月九日・二〇一〇 #527

困惑したような表情で少女は告げる。ただの一度、願うその時に帰れると。少しだけ考えて、答える。 #twnovel 「……えっ」知らず、頬を伝う。四月の風に儚く舞うその花弁のように、とめどなく。横断歩道の向こうに、白い少女を見た。風に目を瞑った刹那、消え…

卯月九日・二〇一〇 #526

ずっと前に、遇った気がしていた。そう、はじめてその手を取った時、思った。あなたの指先から、見上げている。ひどく懐かしいその光景に「「今のは……」」重なる声。同じものを、見ていたのですか。春、千年前の花弁、水の記憶。ふたりはいつか遇っていた、…

卯月八日・二〇一〇 #525

厨子のように、薄い胸板を閉じる。その奥には燐光を帯びた、掌に載る程の珠。かの貴種の、それが未だ目醒めぬ原初の姿だった。常の傀儡と違うのは、一切無垢の──素体だけの伽藍であると云うこと。その姿を自ずと定める程度は訳もなかろう。見る間に肉を纏い…

卯月五日・二〇一〇 #524

「もう、若くないかね」耳を疑うが、魔女とは斯様なものであろう。一見には凡そ判じもつかぬが、歳月を欺き抜くことはその老獪を以てしても些か手に余る仕儀と見えた。娘は思案する。此れは好機か、それとも。掛ける言葉一つが命運をも左右しよう。ふたりの…

卯月五日・二〇一〇 #523

「それは持っていてくださらない」取り落としそうになった。まさか、死から最も遠い筈のあなた方が。婦人は莞爾として「そのかわり、」その依頼には驚くよりほかなかった。傀儡の核に仄かに光る、その卵を使えと云うのだ。「まだ孵るにはしばらくあるの、け…

卯月四日・二〇一〇 #521

数多の力ある鉱物から幻想を抽出し具現化し、その姿を記憶し、定着させる。そうして生み出されるのが磧剣と呼ばれるモノだ。抽出した鉱物自体が触媒となり、所持者の思念を糧に、その幻想をも組み込んで再構築する。ゆえに同じ触媒からでも二つとして同じカ…

卯月四日・二〇一〇 #520

人形遣いは生業の一つでしかない、寧ろ本来は石遣いである。が故に、ひと目でこれはどう見ても手に余るのだと知れた。来歴は師より厭と云う程聞かされている。だから、返しに行こうと決めてこの街に来た。風の慟哭に声を合せるかのように震える緋色の石は、…

ついっ短歌・拾遺 その7『弥生』

猫謳う春の嬌声嫣然と夜半の窓辺の褥にひとり 「またあとで」云ってはみたが躊躇する キィに置く指ゆきつもどりつ すきとおる月のかたちはおぼろげに、シーツの海のとおい逃げ水。 雪うさぎ融けた雫を盃に干しては醒めず君に酔う宵 話してはくれぬと知りつ問…

卯月朔日・二〇一〇 #519

平行宇宙の剪定を行うのが庭師の仕事だ。世界全体の樹形を保つために、ある周期(どこかの惑星の基準年だと云う)で枝分かれするそれを伐り落とし、接ぐ。虚数空間の彼らを庭師と呼ぶのは便宜の上で、古い古い言葉で真名は「在るようで、無い者達」だと聞いた。…

弥生晦日・二〇一〇 #518

さて、「非実在」と云っても存在しないと云う訳ではないのだ。と云うことがわかったのはかの旧首都動乱より数えること十数年。最早無視できないレベルに深刻化した非在化症候群、通称を虚数病。犠牲者、いや発症者が「あちら側」に確かに”存在”するらしいと…