2010-06-01から1ヶ月間の記事一覧

水無月十七日・二〇一〇 #599

慣れぬ手つきでフィルムを剥がす。手慰みにかちゃかちゃやってきた鉄の小箱に、本当の仕事をさせてやろう。苛立ち紛れに弾くフリントが悲鳴を上げ、芯まで染み込んだオイルが爆ぜる。「プロメテウスの末裔のくせに、やってることはエピメテウスじゃないか」…

水無月十五日・二〇一〇 #598

最後に夢を見たのはいつだったろうか。もう、眼を閉じたくらいでは眠りもしない。夢など、夢のまた夢。今や瞼を閉じれば全天周の情報が直接脳内に流れ込む。そんな、遠く青い母なる星を守る現代の防人に許されたのは、人知れず歌うことのみ。おいら小惑星帯…

水無月十三日・二〇一〇 #597

「星」が還って来た。その懐に宇宙の秘密を抱いて。小さなカプセルには、何も収まっていないかも知れない。けれど、それが明らかに端緒であったことが知れるのは、もっとずっとあとのこと。真空の向こうに何があったか、やがて人類は知ることになる。──「大…

水無月十二日・二〇一〇 #596

コンタクトがほしいなあ、と云ったらきみは「なくすよ? 踏んじゃうよ? 外し忘れて入れっぱなしで眼医者直行だよ? 絶対やめといた方がいいって」とにべもない。そりゃ否定はできないけど。「……それに眼鏡取っていいのあたしだけだもん」「え?」「あーもう…

水無月十日・二〇一〇 #595

悪魔すら憐れむだろう。そんな屍山血河を挟んで万軍と対峙するのは、唯一人の男だった。一軍の将には解せぬ。何故、我等は阻まれ続ける。何故、我等のこの一歩は届かぬ。如何な感嘆も、男にはない。見えざる手下に号するように「さあ、続けようか」たった今…

水無月十日・二〇一〇 #594

見瞠いた眼を閉じてやる。「外道、と罵って呉れて構いませんよ。ただ、わたしも好機は逃したくないだけだ」その屍に跪き匣を開く。筆が疾る。艶やか、と云うべきか。紋様が瞋恚を留め、執念が仮初めの息吹を繋ぐ──「その無念、お借りする」死粧師は告げる。…

水無月七日・二〇一〇 #593

ティルナノグの、扉が開く。 @yukine_clover女史にリプライしたらクライアントの関係でハッシュタグが付いてきたままになった。充分意味深なのでこれも一作と数えることにする。

水無月五日・二〇一〇 #592

銀のボウルは禍々しく黒ずんでいて、だからそれがメッセージなのだった。信じたくも、認めたくもないけれど。僕に出来たのは、フラスコから注いだそれを一息に飲み干すこと、ただそれだけだった。 @sakuyue嬢の一作に呼応して書いた(と云うパターンも結構多…

水無月二日・二〇一〇 #591

再び資料の洗い直しだ。……おかしい。星系齢から算出すれば30億年もあれば越界文明期には進化する筈だ。なのに、46億年も経過しながらL痕跡のみ、そして星系全体を覆うこの非在化障壁。これではまるで、明らかに何者かが「警告。連合倫理規定に抵触の虞れのあ…

水無月二日・二〇一〇 #590

想像以上だった。越界機関に火を入れようとするとEコンポジットが見る間に非在化されてゆく。「物理推進に転換。目標まで巡航出力で88日です」なんとか使えないのか。「相互多重干渉防壁の展開にEリソースを分配すれば船内機関の使用は可能ですが」つまり条…

皐月丗日・二〇一〇 #588

「失礼。響界管理局の者だが」そう口にした黒ずくめの男に、知らず言葉を返していた。「律韻の恩賜は喪われて久しいでしょう」「やはり託宣は正しいか。知らなくても無理はない、否知らぬ方が良い事もあろう。だが、君はそうではあるまい。違うか」それは問…

皐月廿八日・二〇一〇 #587

繋ぎたくて千切れるほどに延ばした手は、見上げた空をただ掴んでいる。鳥の声と、立ち上がる芝生の熱気。流れる雲がきみに見えて、慌てて延ばした手の位置にどぎまぎしたり。遠いな、と知らず口をついて出るひと言。穏やかな風が、こんな想いをきみの許まで…

皐月廿七日・二〇一〇 #586

いくつもの巨大惑星を擁する星系外域を越え、小惑星帯に接近した頃。「警告。越界機関に位相干渉。航法出力を維持できません」小惑星帯を走査。「星系外縁より強力なフィールドです。域内の越界反応を非在化してそれを維持動力に充てています」そうまでして…

皐月廿七日・二〇一〇 #585

ひとまず航路上だけでも走査するか。「E痕跡反応が点在します。各反応点の法則性を検証中」そろそろ何が出てきても驚かない。「98%以上の確度で反応点の干渉によるE遮蔽回路を形成するものと推測されます」つまり。「星系全域が境界遮断/非顕在化フィールド…

皐月廿七日・二〇一〇 #584

で、何日かかる。「物理推進単独で250標準日。限定越界航法併用で60日まで短縮可能です」その間に資料の続きに目を通すか。どうにも規格外の点が多過ぎる。大体、なんで寸分の狂いもなく標準時と惑星現地時間が一致する。暦法体系まで同じだなど、出来過ぎに…

皐月廿四日・二〇一〇 #583

さっきまで頭が痛いって唸ってたきみは膝の上ですぅ、と寝息を立ててる。背を丸めてそっと包み込んでみる、そんな雨の夜。今このひとときだけは低気圧に感謝しないとな、なんてきみに聞かれたら怒られそうなことを思いながら、そのままそっと唇を塞いでみた…

皐月廿三日・二〇一〇 #582

「まだ見ぬ、何時か逢う貴女に。これを貴女が読むとき、ぼくは隣に居ないかも知れません。けれどきっと、ぼくは貴女と逢えて幸せだった筈です。そのことをきっと誰より知っているだろう貴女に訊きます、あなたは幸せでしたか。貴女から見てぼくは、幸せそう…

皐月廿三日・二〇一〇 #581

送信してから、今Dで送ったか@だったか不安になる。『恋文の日』なんて言葉を見てしまったのが悪い。いつもの文章にひと言添えた──尤も、誰が見てもバレバレであろう──そんなものを書くから不安になるのだ。己の迂闊さなぞ、(多分貴女の次くらいには)知って…

皐月廿三日・二〇一〇 #580

南溟は古い旧い塔の街である。大小様々のその塔はいつからあるのすら定かではない。穹を貫き星の海まで伸びると古い伝えにあり、またそれがただの昔話ではないと知れてよりは、星海の民さえそう珍しいものではないのだ。塔の頂き、『天城』。その天命を知ら…

皐月廿三日・二〇一〇 #579

冷たく乾いた大地の奥にあるそれは、一目では霊廟かと見まがうことだろう。岩窟を埋め尽くす柩のようなそれらは何時か彼らの還る器。だから彼らは月の底で、終わりのない夢を見続けているのかも知れなかった。姿を捨て星の海さえ駆ける……永遠のその向こう側…

皐月廿三日・二〇一〇 #578

空を密林がゆく。風と地脈の流れるままにゆったりと。抜けるような青空を雲を纏い漂う森達は、見るものがいれば奇景絶景と謳われたことだろう。嘗て黄金の酸の雲に覆われた星は、先人のたゆまぬ挑戦により、いま緑に満ちてある。それはまるで、具現化した「…

皐月廿三日・二〇一〇 #577

凍てつく紅砂の荒野。最早その姿は「始まりの千年」とさしたる差などなかった。全土に今どれ程の民が生き存えているか。気象制御の喪われた今、堅牢な城塞と天蓋を築き、そこから出る訳にはゆかぬ。紅い空を貫き母なる星に還る術とて、この地に残っているの…

皐月廿三日・二〇一〇 #576

焔と闇が世界を覆って幾年か。死は穢され、仮初の安息すら喪われて久しい。枯れた蔓を纏い、朽ちた聖堂を目指して。羨望と憎悪を爛々と滾らせて、這い寄る死者を時折、咆哮が打ち据える。破れた扉の奥で、男は銃を磨いていた。聖廟がまだ聖堂だった頃、守り…

皐月廿三日・二〇一〇 #575

春に帰る、と云う約束は果たされぬまま幾年かが去った。あの日待合わせた公園も、はや見る影もない。桜の頃を過ぎ、むせ返るほどの菜の花ももう、野を青く染めるばかりである。親しきは様子を窺うようにそれとなく口にするが、女とて分っている。「ええ、け…

皐月廿三日・二〇一〇 #574

まきしと申します。ながいのかたより来るそうでございます。名の如くに、なんでも、まきます。まかれれば、どうなるか。まかり、まかる、まかれ、まき。まかりますと是はもう逃れようがございません。そうなる、ならぬはことのは次第。みみをたて、まきを見…

ついっ短歌・拾遺 その9『皐月』

まあ、相変わらずです。 いつの日に夜の終わりと来る朝を貴女と微睡み迎えらるるや そうやってひとつになると云うことの意味とこたえに届くのはいつ? まるで片思いのような息詰まる胸の痛みを確かめている この腕は霞を抱いているのですか 箱の猫より不確か…

皐月十九日・二〇一〇 #573

『「死ねばいいのに」? 誰にとって? たかが、たかがお前如きに? それとも世界? 面白い、ぼくが世界の敵か。生き続けるだけで、どれだけの敵を苦しめられる。痛快じゃないか、ならば生きてやろうじゃないか。生きて、生き抜いて生き尽くして、すべての敵…