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葉月十一日・二〇一〇 #661

電話の声はけほけほ云ってたし、「流星群を見に行こう」はまたおあずけ。って云ったら割と悔しそうな声に後で埋め合わせを考えとかないとな、と思いつつペダルに力を込める。少しだけ秋に踏み出した夜気が頬を撫でて、前かごの鞄がかたかた弾む。貴女の願い…

葉月十一日・二〇一〇 #660

たったひと言なのに。四六時中気を抜くと蘇ってくる。貴女の声と息遣いそのままだから、その度に痛い程渇き切った喉が鳴る。噎せ返る程に灼け付く痛みを伴って。そんなもの、決まってるじゃないか。貴女が赦すところならどこでも、否ぼくの望むところ全て………

葉月十一日・二〇一〇 #659

「純粋転生批判なんて今時流行らないわよ」「そこだけ聞くと異端だな」「あら、魄体だって立派な資源よ。散逸させるには余りに勿体無いわ」「向こうさんの懐事情もそんな感じかい」「そ。だから魂の確保が至上命題って訳ね。魂魄のうち魂は高位存在だから手…

葉月十日・二〇一〇 #658

「一番簡単なタイムマシンの作り方はな、猫を一匹と箱を一つ、だ。猫と一緒に箱に入って、いつの何処に行きたい、って頼むのさ。その猫が"アタリ"で、機嫌が良けりゃ連れて行ってくれる。但し、帰ってこられる保証はないけどな。で、この箱なんだが、ほれ、…

葉月九日・二〇一〇 #657

「シュレーディンガー器官:猫系の種族に稀に発生する、時空間識覚を司る組織。時空間の構造を認識し任意の時空間座標への経路を観測できるとされる。この際、一切の視覚情報入力を遮断する必要があることが知られている。箱の中の猫が居なくなったりするの…

葉月八日・二〇一〇 #656

廃棄された塔。沈み行く陽を切り取って、黒々と屹立する。かつて星の海まで届いたそれはある日、前触れ一つなく地に墜ちた。大地を海を抉り穿つ鞭と化したそれが蹂躙の手を止めた時、空は鎖された。最早幾年が巡ったか知れぬ。還ることも能わぬ宙の同胞は、…

葉月八日・二◯一◯ #655

壁のカレンダーに○が増えている。出掛けてるうちに帰ってたのだな、と他に何の書き置きもない辺りがきみらしくはある。あともう少し、とりあえずは買い物に行こう。待つのは、いつだって慣れている。カウントダウン、4、3、2、1……0。今度はしばらく、一…

葉月八日・二◯一◯ #654

”「綺麗、ですよ」咲き誇り見蕩れるうちに闇に紛れる、「貴女みたいに」。どこか不満そうな上目遣いに、慌てて言葉を探す。「空の花火は消えるけど、消えない光なら多分見つけました」” …… #twnovel タグを付けようか迷うが、あ、もうこの時点で付いてるんだ…

葉月七日・二○一○ #653

「気が向いたら開けてみれば」と女は箱を置いていった。何が入っているのやら、開けてみれば、藁と黒い……火薬か。僅かに虫の声さえ聞こえ出した夜、火を点ける。虹色の線香花火と云うには豪勢な光に浮かぶ思い出には、何故か居た筈のない貴女が居た。「夏の…

葉月七日・二○一○ #652

「左岸ー! 用意はー!」「おっけー! とっととかかってこーい!」「っしゃあ! 今年こそはッ!」阿呆どもが河を挟んで対峙する。足許にずら、と並んだ竹ひご。号令一下、両岸を駆ける灯。一拍置いて。劈く火箭。結局今年も勝敗は有耶無耶のままだろう。さ、…

葉月七日・二◯一◯ #651

ほろほろと。金色の花。別に遊んでる訳じゃない。簡易燃焼型大気分析キット、誰がこんな姿にしたんだか。こんなんじゃ里心がつくだけだろうに。いやになるほど、故郷のあの夏の日を思い出す。……火星なんぞにまで来て、なんで線香花火やってるんだろうな、俺…

葉月六日・二◯一◯ #650

飛ぶ女に恋した男は、自分は並び飛べないと知る。だから男は煉瓦を積み始めた。箒を立てかける壁と、大釜を掛ける竃、雨を凌ぐ屋根。彼女がどんな空から帰ってきても、一杯のお茶と静かな時間を。その為に今日も煉瓦を積み続ける。小さな家を、貴女が何とも…

葉月五日・二◯一◯ #649

「全ての核兵器を廃絶する」その為に国連が保有国に課した決議は意外なものだった。「軌道上の指定の座標に向け全弾を発射せよ」但し起爆はしないように。その日、世界の彼方此方で。天のただ一点を目指し、火箭は狼煙のような尾を引いて虚空に消える。その…

葉月五日・二◯一◯ #648

「オーロラ、見に行こう」の返事は「熱出した 寝込んでる」だったけど、今となっては無理に連れてこなくてよかった、と思ってる。道すがら確認した限りで「多分ダメっぽい」だったし、実際見上げてもさっぱりだ。「ダメでした 帰ります おだいじに おやすみ…

葉月三日・二◯一◯ #647

流石にこの時間だと起きているかどうかも判らない相手にメールを打つのは憚られる。ひょっとしたらまだ寝られなくて起きているかも知れないけれど、こんなメールで起こしてしまうのは忍びないから。貴女の夜が安らかであることを祈りつつ、そっと電話を枕許…

葉月二日・二〇一〇 #646

「久しぶり」と云い合っていたのは数時間前のこと。効きもしないクーラーが五月蝿い天井を眺めながら、曖昧な輪郭を確かめる。何年ぶり、だろうか。気怠い空気の重さが、流れていった時間のそれなのか。「……幻滅、した?」多分何かが終わって、何かが始まっ…

葉月朔日・二〇一〇 #645

「お客」だと。「ああ。件の騒動以来自粛気味だったんだがな、自分で確かめると云って聞かんらしい」件の、ね。関係者か。「どこぞのお嬢様だよ。継承が繰り上がったんだそうな」それでウチか。「嬢ちゃんはご機嫌だったぞ」随分と手際の宜しいこって。「………

葉月朔日・二〇一〇 #644

「景気はどうだ」馴染んだ顔のお出ましだが、それだけに色々警戒して当たれってことでもある。「お蔭様でと云いたいが。無理難題さえなけりゃあね」「なら景気のいい話をしてやろう」どうせまた厄介事だ。「まあ腐るな。お客をちょっとステイさせてやってく…

葉月朔日・二〇一〇 #643

夢に積む塔は貴女の許へ。ただ只管に高く、その御座まで。仮令雷に砕かれようと、二人だけの言葉で。バベルの断章を積み、ロゼッタの楔で塔を築こう。ひと言ひと言をただ積み上げて、高く高く手を伸ばす。 多分返のべ。使ってる単語からして恐らくそう。

文月丗日・二〇一〇 #642

「こんな風に悩ましい夜は、少し遠くまで車を出そうか」「それじゃあ毎晩ドライブじゃない」「助手席が物置になって久しいんだよ」「お荷物、ってこと?」「なっそんな意味じゃ」「夜景」「へ?」「だから夜景。どこでもいい、観に行こ」 ええと、こんな展開…

文月丗日・二〇一〇 #641

きみがぼくで幸せで無いのなら、世界なんて要らない。 #twnovel ……くらいの傲慢さを吼えても、今この時くらいは良いでしょう? @xsheeenax女史の何かに呼応しての一本だったと思う。

文月廿九日・二〇一〇 #640

「パーティの入り口を見つけた」奴の部屋の、テーブルの上にあったメモだ。学生時分の莫迦理論だが、まだ諦めてなかったらしい。 #twnovel 飲み会に見覚えの無い奴が紛れ込んで居ても気にしないでくれ。そいつは何時の間にか居なくなるし、いずれ会うことも…

文月廿九日・二〇一〇 #639

「まあ、その時代に取れた核軍縮の手だてとしては上等な方だろう、根こそぎ取り敢えず打ち出して軌道上で回収する、なんてのは。当然それはひと所にまとめられて管理される訳だが、それがこの、国連宇宙軍戦略資材監理ステーション、通称「パンドラ」って訳…

文月廿九日・二〇一〇 #638

自分を待っていてくれる人の居る家に帰るのはどんな感覚なのだろうな、と思う。待つことには慣れたけれど、慣れて痛みが和らぐと云うものではなかったのは確かだ。貴女が居る訳もないドアを捻り、思い切って「ただいま」と叫んでみた。夏を吸って淀んだ大気…

文月廿九日・二〇一〇 #637

「伝説の科学番組」。わたしの世代ならまず知らないものは居ないだろう。「一回の放送につき最低一回は爆発か火花が飛ぶ」と云われたあの番組を。その過激さから「見せたくない」と「見せたい」番組の両方のトップに輝いたそれは、振り返ればまさに我が国の…

文月廿八日・二〇一〇 #636

「エラい褒賞レートだな、これ」「ああソレか。お勧めはしねえな」「何かあるのか?」「出るんだよ、アレが」「って、まさか」「ああ。『証明終り』だ」「実装空間の冥王」「嫌な噂を聞いた。アレの正体、生体量子演算回路らしい」「ンなもん、どうやって」…

文月廿八日・二〇一〇 #635

「脳だけを生かしておくのに必要最小限の器官を残し不要な組織を切除。厳重な各層精神洗浄処置ののち、脳量子回路を展開」これが、一般には知られざる終身刑の真相だった。維持器官のテロメア臨界まで演算装置として酷使されるその脳が自我を取り戻したら、…

文月廿八日・二〇一〇 #634

お付き合いしてるのは秘密にしましょ、って二人で決めたの。みんなで集まっても全然気にしないふり、だけどあの人ったらへんな合図、あれってサインのつもり? みんなに知れたら色々大変だって、解ってないのかしら。笑ってない眼で微笑んで、口許に人差し指…

文月廿八日・二〇一〇 #633

「だいたい要らん心配をし過ぎなんだ、お前は。全く、餓鬼でもあるまいに」「そう云ってもさあ……やっぱり何にも出来ないのはヤですよ?」「あんまり気にし過ぎると拗ねるぞ」「困ったなあ。心配くらいしか出来ないのに……」「あたしを信じろ。それじゃ不満か…

文月廿七日・二〇一〇 #632

古より墓碑冥譜にはその字を使う習わしである。生者の言葉に触れさせぬよう、魂の安寧を損わぬよう、死せる者が黄泉返ることのないように。それは一字一字が鎮魂の祈り。同時に、他ならぬ放逐の証。学者が死者文字と呼ぶ、黒の穢れを封じるそれを識ることこ…