2010-03-01から1ヶ月間の記事一覧

弥生廿八日・二〇一〇 #517

真珠のような を、こころの小箱に閉じ込める。閉じ込めたら、忘れよう。思い出せなくなってしまっても、憶えていればいい、忘れなければいい。こうしてまた一つかけがえのない宝物が増えていくのだと、誰にも知られたくない。だからこのことは、日記にも書か…

弥生廿八日・二〇一〇 #516

新しいカメラ。あの歌みたいに貴女の瞬間を、つかまえたくて。 http://movapic.com/pic/201003281918204baf2ceca6162 何年ぶりかにカメラを新調する。高野寛の「新しいカメラ」と云う曲を思い出す。そう云う流れでこうなった。

弥生廿七日・二〇一〇 #515

ひやりとした感触に声が出そうになるのを押し殺して睨み返すが、その表情に出鼻を挫かれた。「ティースプーンで充分だね」確かに隠すべき処は銀の輪郭の内側だが、それは尖端が痛いくらいに息衝いているからこそのこと。足許から溶けてゆきそうな熱が這い上…

弥生廿六日・二〇一〇 #514

ぼくらは死にゆく巨人じゃないから、朝が来れば起きるのだ。夢で見たように、どれほどの生命がぼくを苗床にしていようとも、ぼくが起きることで、世界の可能性が一つ摘み取られるとしても。むしろそれこそ、孵れなかった世界を一つ生贄に捧げて、ぼくらは毎…

弥生廿六日・二〇一〇 #513

昔の人は「世界は始まりの巨人の屍から生まれた」と云った。今わたしを覆うこの緑はわたしを苗床に果てしない樹海となるだろうか。その果実を啄む鳥獣の、よき揺籃となれるだろうか。朝が来る。わたしは目覚める。孵れなかった新世界が、静かに朽ちて行く。…

弥生廿六日・二〇一〇 #512

一夜の褥に輪廻を幻視する。眠りに落ちた身を蔓草が覆う。罅割れた膚から芽吹く樹々。何方よりか来る、禽獣を纏い朽ちゆく我が身を、何故そうと知れる。淡く輝き透けて、眼下遥かに己が屍を視る。世界に光が満ち、己が身は光を捨て色を取り戻す。我が仮身を…

弥生廿五日・二〇一〇 #511

「油色の日々を」を「アルバイトの日々を」と空耳すると云うのは通過儀礼のようなものではないだろうか。砂煙りのまちと云うより油煙の街と云う感じになるが、工場からのバイエル、それじゃあ工場と微笑になるよと笑う。きみが教えてくれた音楽が、ぼくの通…

弥生廿四日・二〇一〇 #510

【プレイス】今ならよくわかります。たとえ世界がどう変ろうと、ここが私達の場所なのだと。あの日の響きは還らないけれど、音色はただ響くだけになってしまったけれど。その決断は決して誤りではなかった、人の世は護られたのだと。老丞は朗らかに、子らに…

弥生廿四日・二〇一〇 #509

灼けるような痛みに目を覚ます。背中が熱いのだ。内側で軋む音を聞く。薄皮一枚の下で膨れ上がる感触に身を起こす。女たちが通り抜ける、痛みのように。血と脂に濡れそぼつ純白の翼。わたしが知らずとも飛び方は翼が識っている。羽搏き──落ちる。夢か。ああ…

弥生廿三日・二〇一〇 #508

誰の言葉だったろう。消え入りそうな問いだけを覚えている。思い出すのは見たもの、遇った人。ああ、あの時の。言葉とその主の名が一致したとき、身一つ飛び出していた。手遅れにならなければいい、それだけを心に飛び乗る。生きていていいか、なんて! ホー…

弥生廿一日・二〇一〇 #507

風が夜半の窓を過る。物音に手を止めれば君がこちらを見ている。はちり、と暖炉で薪が弾ける。眠れないと云うから怖くない、春が来るんですよ、とホットミルクを。気に入りのマグカップを握りしめながら、綻ぶ君の頬にまず春は降りてきたのだと、明日目覚め…

弥生廿日・二〇一〇 #506

熾熱焼夷弾。重元素電磁砲。限定核。戦略級融合弾。あらゆる悪意と情熱の産物が無力だった。幾艘もの空母を従え、洋上の巨艦より人類最強の巨砲が廃都を睨む。その弾頭はグラムにも満たぬが、決して世に有り得ざるもの。探究心を敵意に塗り固めて鍛ち上げた…

弥生十九日・二〇一〇 #505

それがそこにあるのは自然の摂理には反したことだったが、それだけに遠からず消えるであろうと誰もが思っていた。だが、今もあり続ける。あらゆる探査を受け付けず、理論の世界にのみ存在すると云われた「虚数空間」、その一端を眼前に人類に出来たのはただ…

弥生十九日・二〇一〇 #504

本棚の狭間で黒い繭を見つけた。これがことのはのたままゆか。何を孕むとも知れぬが、小さな四角い孔が空いている。形が似ているからと戯れにメモリィなど挿し込めば、ちかちかと光を零して霞と消えた。電子の海にこれを解き放ってよいものか、大いに悩んで…

弥生十八日・二〇一〇 #503

「大変容」以降、観念が形而下化する傾向の強くなった世界では快楽を追い求める余り、文字通り一体化してしまうと云う事故を時々聞く。生物としては機能不全を生じて即死、と云うのが殆どの場合のお定まりではあるが、その死に顔は皆至福の陶酔に満ちて居る…

弥生十七日・二〇一〇 #502

201X年、かの条例の発効より数年。かつて首都だった街から「文化」が消えた。多くの出版社やそう云ったものは外縁たる関東各所に、或いは国内各地に居を移す。文化の担い手を以て任じる自称多称の文化人、碩学、売文の徒も去る。後世に云う「トーキョー=デ…

弥生十五日・二〇一〇 #501

「T領域」正しくは「東京旧首都領域・事象流動化警戒域」。眼前に漂う形容し得ざる虚数空間の断片こそ、意識が物理的干渉に至った最初の事例、新たなる世界の始まりの地である。自治体レベルの法規が、そんなものがよもやそこまでの事象を引き起こすなど……誰…

弥生十四日・二〇一〇 #500

旅をしてきた。彼方の空へと聳える、塔の街を。言葉より響く、旋律の中を。多くの人に遇った。時の外側から生命に寄り添うものたち。静かに暮らす親子。夜行列車の、恋する若者。魔女、司書、待つ男。天使の冒険。そして、君に逢った。一度帰るよ、また歩き…

弥生十三日・二〇一〇 #499

「すべては流れていってしまうの、わたしを置いて」と彼女は独り言ちる。杜亜の深き樹々の奥、窟を塞ぐように築かれた祠の、廟の前で。「貴女もきっと通り過ぎてゆくわ」と力なく微笑う。まだ若い女王には答えられぬ。たった今、宝冠を嗣いだばかりである。…

弥生十二日・二〇一〇 #498

同じ身の不憫を憐れんでか、かの魔女より授けられたは幼き日のこと。己が血風を駆ければ鋼を貪り、ともに育った日々は決して誇れるものとは云えぬが、戦乱の日々には致し方も無かろう。二つ名? 「鋼腕の」と誰かが呼んだな。この異形では最早隠しきれんか。…

弥生十一日・二〇一〇 #497

「存在確率低下、62、47、31パーセント」「その歳で発症とは」「28、22、16パーセント。形而限界まで推算45秒」「文字通りの、か」「5、4、3、2……実存消滅。形而上領域下に波形確認、既存のものと一致します」「非実在青少年とは。T領域、旧首都動乱の再来か…

弥生九日・二〇一〇 #496

それは不死を謳われた貴種では無かったか。終焉を知らぬ大いなる血では無かったか。紛れも無くその身を覆うのは濃厚な死であった。天寿より最も遠いとされる筈のその巨躯も、間近に見れば最早半ば朽ちかかって居ると知れる。最期の矜持か、女は気丈に見上げ…

弥生九日・二〇一〇 #495

#tanka すきとおる月のかたちはおぼろげに、シーツの海のとおい逃げ水。 #twnovel 伸ばした手の半歩向こうでいつも君が笑っている、そんな夢を見ている。 返歌めいたついでに。

弥生七日・二〇一〇 #494

風に紛れて聴こえたその笛の音は、酷く悲しく聴こえた。杜の女王の竜笛と知ったのは随分とあとの話で、しかしそれはひとに聴こえるものではないと云う。だが、その音は確かに私を掻き立てるのだ。胸を熱く灼く郷愁にも似た旋律。今日も夕暮れの空に、高く低…

弥生六日・二〇一〇 #493

【四季】師の許より発って初めての冬は海近い村で越した。ある春に見た奏楽塔の機巧。秋の雨を御しきれずに招いた失態を思い出す。そして今、あの日より幾度目かの夏だ。佩いた劔叉が鞘鳴る程の強いうねりに中てられたか、あれこれ思い出すのは。さて、媛達…

弥生六日・二〇一〇 #492

歌の文句にもあったか、窓の外は時ならぬ雪。娘の声が弾む。あの日のようですね、などと微笑みかければきみは真っ赤になって俯くばかり。それがなければ今頃こうしてられはしませんよと云ったら、悪い人です、あなたはこんな人を連れてこないでね、と。「ど…

弥生三日・二〇一〇 #491

ヒナマというもの、古来より「コレを釣らずして何が太公望か」と、かくあれど釣るは至難の業、しかして釣り上げたれば其はもう古今東西の釣り人より驚嘆と畏敬の眼差しを一身に受ける栄誉に浴すと云う。何故か三月三日この日をおいては釣れぬ。これぞ「ひな…

弥生三日・二〇一〇 #490

傀儡の匠の多くは古く錬金術師の血筋である。師もまた例に違わぬ。師の傀儡は核に貴石を用いるを常とする。こと竜血に於いて並ぶもの無しと云われた秘奥は、嗣いでみてその偉大を日々痛感する。竜血こそは我が一門の神髄。それは正真正銘の竜の血よりなると…

弥生三日・二〇一〇 #489

【プラネタリウム】そこは星の窟。夜空を模した半球の天井には、視える限りの数多の星々が響き合っています。深く耳を傾ければ、その似姿を通して星の息吹そのものが聴こえてくるみたい。いえ、きっと、そうなのでしょう。声、声、星の声。叫びも囁きも、大…